◆ フルォリット ◆ 4-5



4.

 ホタルはこれまでにいろんな街を巡ってきました。ある街では、ひどく壊れ
た天体望遠鏡が裏の路地に打ち捨てられていました。ある街では、騙りとなじ
られた占星術師が、やくざものの錬金術師にその職を変えていました。昔、多
くの人がその目に見ていた星たちは、単なるまやかしだったのでしょうか。

 ようやく窓板をたてた部屋は、次第に暖かさを感じられるようになってきま
した。風の吹き込まないことよりも何よりも、ホタルの放つ光のキラキラとま
たたく様が、なぜだかキノの心を温かくしました。ホタルの旅の話にキノは聞
き入ります。そして、彼はいちいちおおげさな身ぶりで、相づちを打ったり、
彼女と一緒に悲しい顔をしたりするのでした。

「でも、この街に来て良かった。今でも星のことを思い続けてくれる人に会え
たから。」

 ホタルはキノの目をじっと見ます。すると、キノは恥ずかしそうに笑って、
少し目をそらします。

「じつはね、川の果てにある未来の星っていう話は、もともと僕のおじいさん
がいってたことなんだよ。」

「なぁんだ。感心して損をしたかしら。」

 キノはもう一度恥ずかしそうに笑うと、おじいさんの話を続けました。おじ
いさんの聞かせてくれた、風の生まれる場所や雲の帰るところについてのうわ
さ話、水の音や鉱石の色についての伝説、そして星の記憶。それは、人々の心
の片隅にある思い出のかけらと、そこから紡ぎだされる物語の中に輝く、小さ
な星の確かな記憶。ホタル自身も知らない旅の目的、かつて人と星との間にあっ
た大事な約束を取り戻すための鍵となるもの。

 そして、そんなおはなしの終わりにはいつも、おじいさんはこうつけ加える
のを忘れませんでした。

『色眼鏡で見るのは人たちの世界、水槽越しに見るのは魚たちの世界、望遠鏡
のレンズで切り取るのは星たちの世界。いつも人間はガラスの小窓から世界を
眺めているんだってことを、忘れちゃあいけないよ。でも、ただ夜空を見上げ
れば満天の星を眺めることが出来るように、窓からガラスをはずすことは簡単
に出来るんだ。そのことも忘れちゃあいけないんだよ。』


5. 

「希望の星を見つけたあとはどうするの、」

「うん、あ、考えてなかった。そうだね、じゃあ、今度は川の果てのその星を
越えた、さらに向こう側を目指して飛ぶよ。」

 キノが軽くウインクすると、二人は大きな声をあげていっしょに笑い出しま
した。

「キノみたいな人がもっとたくさんいたら、星はなくならなかったかも知れな
いわ。」

 そういってホタルはキノに微笑みかけようとしました。でも、それはなぜだ
か瞳からあふれそうになる涙のせいで、形をなすことはできませんでした。続
けて何かをいおうともしましたが、それも声にはなりませんでした。

「えっ、どうしたの、いま何ていったの、」

 彼がそういうと同時に、ホタルはまたあの光の帯を身にまといます。キノの
胸はなんだか不安な気持ちでいっぱいになりました。そして、さっき胸がどき
っとしたのは、けしておじいさんのことを思い出したためだけではなかったこ
とに、ようやく気がついたのでした。窓板はいつの間にかどこかへ消え、ホタ
ルの体は次第にその輝きを増してゆきます。今度は何か強い思いがキノの胸に
あふれてきましたが、それは言葉にならないまま、両の目を真白い光が鋭く撃
ちました。

「さよなら、あたしはもう行かなきゃ。でも、きっとまた会えるから。」

 ぱっ、と光が弾けるとともに、ホタルはいなくなってしまったのでした。





 こうして、キノの探す星は二つになったのだそうです。
 おそらく今ごろは、どちらを先に探せばよいかと、
 頭を悩ませているに違いありません。
 でも、いつの日か、
 そう遠くない未来に、
 真白い蛍星をのせた銀の翼が、夜の地平の果てを目指して飛ぶ姿を見ること
 ができると、私は強く信じています。


(おわり)

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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>