◆ フルォリット ◆ 2-3



2.

 少年はあたりがまぶしい光に包まれていることに気づいて目が覚めました。
鐘楼の首のあたりにあるその小部屋には、月の光くらいしかまともな明かりは
ありませんでしたが、それにしては光が強すぎます。

「ごめんなさい、人がいるとは思わなかったの。ここですこし休ませてもらえ
ないかしら。」

 光のぬしは一人の少女でした。少女は光の帯だけを身にまとい、窓枠に腰か
けていました。彼女自身もうっすらと光を放っています。こんな少女に突然話
しかけられたものですから、少年はすっかり気が動転してしまいました。

「・・・えっ、あ、うん、」

 そう答えながら、くしゅん、と小さくくしゃみ。どうやらいつもは立ててい
る窓板を今晩は忘れていたようです。部屋は少し高いところにありましたから、
春先とはいえ、夜に冷たい風が吹き込みます。少年は小さな机で図面を引いて
いて、そのまま今まで眠りこんでいたのでした。

「あたしはフルォリット。ホタルって呼ぶ人もいるわ。」

「ぼくは、キノ。君はどこから来たの、それに、」

 それはもう、キノにとって当然の質問でした。ホタルという少女はどうして
こんな真夜中にここへ来たのか、そして、重要だったのは彼女がどうして白く
まぶしい光をまとっているのかということでしたが、それはなんと聞いてよい
ものか分からなかったので、そのまま口ごもってしまったのでした。

「ちょっと寄り道をしていたところ。ほんとは旅の途中なの。失われた絆を探
す、長い長い旅の途中。」

 ホタルのいうことは半分も分かりませんでしたが、それはそういうものとし
てキノは全部置いておくことにしました。そう、キノは今になってようやく、
いちばん大切なことを思い出したのです。

「あっ、そんなんじゃ寒いよ。はやく中に入って。うすいけれど、ここに毛布
があるから。」

「ありがとう、それじゃあ。」

 ホタルはふわりと笑うと、窓からそっと降りてキノの渡した毛布を体に巻き
つけました。すると透きとおった光の帯は、ぶるっとふるえるように毛布と交
差して消えてしまいます。その間にキノは小さな炉の火を強くしました。


3.

「これは、なんの絵かしら、」

 ホタルは机の上の書きかけの図面を指していいました。丸や四角の線、そし
てそのそれぞれには小さな数字が添えられています。

「僕の滑空機の設計図。これで星を探しに行くんだ。」

「星、」

「うん、僕の"希望"の星。昔、南の空には川のように続く星の列があったのを
覚えているかい。えーと、」

 キノは、一冊のノートを開きます。それはキノがおじいさんからもらったノ
ートで、紺や栗色の細い線が見事な星の地図をえがきだしていました。ホタル
はキノの指さすところを、ぐっと覗きこみます。

「ええ、知っているわ。神話の時代、この地方を流れていた大河の名をもつ星
座。」

「その列の最後にはひときわ明るい星があったよね。昔の言葉で『川の果て』
という名前の星。川が時間の流れをあらわしているとしたら、川の果ては未来。
未来にはあんなに明るい星があるんだ、って僕はあの星に励まされてきたんだ。」

「ふうん、星は未来の輝き、」

 そういって、彼女は感心したようにうなずきましたが、すぐに表情を暗くし
てこう続けました。

「でも、もう、星はなくなってしまった。」

 ホタルは窓の外をながめます。もちろん、外に星はひとつも見えません。灰
色の雲の向こうにぼやけて見える月の光と、彼女の体の淡い光とが、悲しげな
その顔をうすく照らしだしました。
 キノは、その光景に胸がどきっ、とするものを感じました。彼のおじいさん
が、星のことなどもう忘れてしまった大人たちと出会うたびに見せた表情と、
彼女の表情はまるで同じだったからです。大きなガラスのない窓の枠と、その
中に浮かびあがるホタルの姿を見ているうちに、キノはふと、おじいさんが口
ぐせのようにいっていたことを思い出しました。そして、

「そう、だから僕はあの星を探しにゆくのさ。これはそのための滑空機なんだ。
"希望"があれば、きっと他の星も戻ってくるだろう?」

 そういって、にっこりと笑いました。


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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>