いつのまにか過ぎ去った桜の季節へ
6. 映画の帰り道にて、「麻美」三日後、部屋を片付けた僕は、麻美を映画に誘った。何せ僕から誘うのははじめてのことだったから、彼女はとても喜んでくれた。 映画はちょっとしたファンタジーだった。友達以上、恋人未満の関係が続いている幼なじみの男女が、大学に入ってその女の子の方とうり二つの青年に出会う。性格はまるで反対だけど姿のよく似た二人は周囲の評判を呼んで、いつしか幼ななじみ同士よりも一緒にいる時間が長くなってしまう。けれども、一度離れたことで互いの気持ちに気づいたもとの二人は、1年後の桜の季節にようやく恋人同士になる。そしてその時、青年は消え、それが生まれてすぐに他界した、女の子の双子の兄の霊だと分かるのだった。 「あんな、いい思い出がつくれたらいいですよね」 今日は四月並に暖かい日で、街を行く人はみんないつもより陽気に見えた。麻美も本当に楽しそうで、ショーウィンドウの前に立ち止まっては、感嘆の声をあげている。けれども僕は、自分のやっていることに戸惑ったままだ。これじゃ結局、二月までの僕らと同じだった。僕は映画を思い出して、あの女の子がいつかきっと兄さんの思い出を忘れてしまうことを想像した。けれども、僕はけして消えてしまった人のことを忘れない。友達以上、恋人未満。彼らと同じような関係を続けてきた僕たちは、だからずっと恋人になることはないんだ。 「・・・先輩、どうしたんですか」 「いや、なんでもないよ、」 「もう・・・えいっ、」 すると、麻美は僕が脱いで持っていたジャケットを奪って、向こうへ走りだしてしまった。 「お~い、返してくれよ、」 「返してほしかったら、私のこと捕まえてください、」 麻美はどんどん向こうへ走ってゆくので、僕はあわてて追いかけ始めた。人の多い日曜日は逃げるのに好都合だけど、追いかける側にすれば大変だ。それに加え、高校時代に陸上をやっていた麻美は健脚で、僕にはついてゆくのがやっとだった。 景色はどんどん流れ、久々に麻美との時間が動いていることを僕は感じた。時が流れるのは止められない。僕に堰止めることができたのは、これが精一杯だったのだろうか。 いつしか、あの堤防沿いの道に辿りついていた。その入り口で僕はスパートをかけ、麻美を捕まえる。ここは麻美とあまり一緒に来たくない場所だった。 「ふぅ、ようやく捕まえた」 「ふふふっ、先輩。これっていつもと逆ですよね」 「何が、」 「いつもは私が先輩のこと追いかけてばかりだったのに、今さっきは逆だったんです」 「そうだったかなぁ、」 「そうですよ。あ、ここって桜並木だったんですね。春にはあの、さっきの映画 みたいに綺麗に咲くんでしょうね」 「そうだね・・・多分。あ、もうこんな時間だ。今日、下宿に来るんだろ。そろそろ帰らなくちゃ」 咲哉の現れないうちに、僕はこの場を離れようと思った。 「はい、それじゃあ、行きましょうか」 繁華街の喧噪を離れ、翳りはじめた日が静けさを呼んでいた。心地良く疲れた僕らは、なんでもないようなことをポツリ、ポツリと話しながら歩いていた。 「でも不思議ですよね。桜ってどうしてあんなに綺麗なんでしょうか、」
咲哉の言葉を打ち消すように、僕は話を変えた。 「桜、といえば、『さきはや』っていう昔の言葉から来たっていう話があるね」 「さきはや、ってなんですか、」 「咲き匂う、っていう意味らしいよ。江戸時代の国学者がそういってたんだけど、本当だかどうか、」 「それも謎。やっぱりこういうの詳しいんですね・・・だったら、木花佐久夜毘売(コノハナサクヤヒメ)の話、知ってますか」 「サクヤ・・・か。まぁ、知ってはいるけれど、」 麻美の顔を少し伺ってみる。その名前は咲哉のことを思いださせるけれど、もちろん、麻美があの少年のことを意識しているはずはない。 「これもサクラと響きが似ているよね。ともかく、伝説では天孫降臨のとき邇邇芸命(ニニギノミコト)に贈られた姉妹の妹のほうだ。邇邇芸命は美貌の木花佐久夜毘売とは結婚したけれど、醜女だった姉の磐長姫(イワナガヒメ)の方は父親に送り返されて・・・って麻美、」 「そうです、それで彼女は呪ったんです。もしも自分をめとっていれば石のような長寿を得ることができたのに、妹をめとったからには、その生は花のように豊かで美しいものとなるかわり、命は短いだろう、と。人の命があだ花のようにはかないのは、そのためだっていう言い伝え。妹と姉が逆なんですけどね。」 「・・・」 「姉さんが先輩のこと好きなんだって知ってた。だけど私は・・・、私、心の底では、姉さんのこと呪っていたのかも知れません」 「そんなことないよ、君たちはとても仲良さそうに見えたし、」 「・・・って何言ってるんでしょうね、私。ごめんなさい」 その後の僕らは終始無言で、僕の下宿を目指して歩き続けた。 |