森林光年


どこまでも遠く続いてゆく

透明な光の信号



第一章. 相沢 祐一



明日、お祝いをしたい女の子がいるから
ダイニングを使わせて欲しい、と言ったら、
秋子さんは深いことは聞かずに笑顔で了承してくれた。

祐一は叔母の気づかいを申し訳なく思う。
普通ならば、恋人かしら、なんて茶化されそうなものであるが、 そのときの自分はおそらく余程思いつめた顔をしていたのだ。
だから察しのよい秋子さんは、真琴がいなくなってからこの冬でちょうど一年だということに思い当たったのかもしれない。

秋子さんにはもう心配をかけたくはなかったけれども。



一人で買い物に出かけると、
くすんだ空が十二月の街を無人の森に変えていた。
コンクリートの木々は静かに雪を手のひらに載せ、
山の向こう側に待つ春を、遠く見つめている。

そして天野は、この遥かな冬の風景の中に佇んでいる。
春や夏に会った頃は、友達ともよく話をしているようで
表情も豊かになってきていたけれど、
冬が近づくにつれ、街を独り歩きする天野が、
はじめて会ったときのような
諦念の交じった口元を取り戻していてゆくことに、
祐一は気がついていた。

「よぅ、雪ん子、」

歩道に刻まれた小さな靴の形を追って声をかけると、
白いコート姿の少女が足を止めて振り向いた。
首元までの軽くウェーブがかった髪が揺れ、
ふっくりした頬に支えられた、
静かな、射抜くような天野の目が祐一を見ている。

「雪ん子、って私のことですか」

「新米の刑事には、変わったあだ名をつける決まりなんだ」

冗談混じりに言い訳してみるが、
呼んだ名前に怒ったのでないことは分かっていた。
天野が、人気のない昼間の街の風景の中に
たった独りで何かを求め、見通そうとしていたから、
祐一はこの雪の森に立つ少女に声をかけたくなっただけで、
天野はそんなとき、声をかけて欲しくなかっただけで。

「刑事に何の御用ですか」

祐一が一呼吸置くと、少し気まずい空気が流れた。

「・・・なぁ、明曰、時間あるか?」

もっと何気なく伝えるはずだった言葉を、
祐一は結局、ためらいながらに告げてしまった。
少しうつむいた天野は、足元の雪を踏みしめて、
黒く水へ溶けてゆく形を占いにでもするかのように見つめている。

「・・・明日でないと、駄目ですか」

「刑事の仕事があるなら、俺が代わってやるから」

「明日は、あまり楽しい日ではありませんよ」

「ああ、月曜日だからな」

天野が立つ側の商店の扉が開いて、
数人の女子学生とともに中のざわめきが吐き出されてくる。
場所を譲って学生たちを見送った後、
二人は視線を半ば交差させながら、
白い息を言葉に代えて、しばらく時を過ごした。

「・・・明日、どうすればいいんですか、」

「放課後、一緒に家に来てくれないか。・・・もちろん、家の人は居るから」

「はい」

動き出した街から視線を外した天野が、
再び祐一を真っ直ぐに見ていた。
少し分かるようになったはずの、表情が読めないから、
だからそもそも祐一は天野を誘ったのだった。

「邪魔して悪かった。じゃあな」

「それでは」

遠ざかる白いコートの背中にもう一度礼を言うと、
天野は足を止め、少し見返りながら頭を下げて行った。

夕暮れが近づくにつれて商店街に人は増え、
街灯の点く頃には潮が引くように去ってゆく。
祐一が遅くなった夕飯の買い出しを終える頃には、
降り出した雪が、住宅街の窓明かりへと消えてゆくのが見えた。

冷たい雪を透かして届く光の中に、祐一は一人の少女の姿を思う。

明日、十二月六日は、天野の誕生日だった。





→ 第二章. 仙頭 恭子




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