霊界譚 _
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●帰翠会・帰翠祭 キスイエ・キスイサイ

 黄緑の月、初頭  
 メディート祝祭日前後


 ストラディウム連合王国に見られる帰翠会と呼ばれる数日は、死者の霊が霊界を離れ、子孫や同族縁者のもとを訪れる期間である。帰還した霊には大なり小なりのもてなしが為されることになる。日程は地方によって差異があるが、メディート祝祭日が最も大事とされるのはどこも同じのようである。
 
(ナーハン公国)
 メディート祝祭日とその前の四日間のことを指す。期間中、人々は窓に緑色の蝋燭を灯し、祖霊の帰還を待つ。「迎え火」と呼ばれるこの炎は、死者が迷うことなく帰るための目印である。
 最終日、すなわちメディート祝祭日はとくに「帰翠祭」と呼ばれる。人々は集い、ともに大きな宴を開いて霊をもてなす。夜には広場に大きな火が焚かれるが、それは炎が夜天を指して揺らめき舞い昇るがごとく、死者を無事霊界へ帰さんがためのものである。
 辺境の村落では、帰翠祭の夜宴の後に「歌垣」という男女の出逢いの場が設けられることがある。これは霊という「別れ」や「死」を象徴するものに対する最大の清めであると解釈される。

(ストラディウム・他)
 元来、ナーハン公国以外では統一王朝時代の暦に従った「メディート祝祭日」しか存在してはいなかった。この日、人々は目印の松明 ---ナーハンでいう「迎え火」---を手に練り歩いて、今ある繁栄を祖霊に披露し、その遺業を祝って夜通しの宴を開いたのだった。
 しかし、あまりに多くの者が命を落とした大旗戦争以後、ローダニゾンにてこの宴は拡張され、二日間の静かなる慰霊の後、祝祭日を迎えるようになった。ことの起こりは定かではないが、よく言われていることには、カザスの輪の幻影がその二日間にも見られるようになったからであるらしい。三日間をあわせて帰翠会と呼ぶが、これはそのままナーハンより名を借りてきたものである。
 2163年シウメの「大旗無き大旗戦争」の後、この習わしはストラディウム中に広がることとなる。

・香り草
 ナーハン北部では祖霊をより近くに感じるため、帰翠会の間、特殊な香り草を飯に混ぜて炊く。これを食すと、霊感を高めることができるといわれ、その風習は他の一部の地方にも伝えられている。

・カザスの輪
 ロードン郊外の環状列柱。メディート祝祭日の夜に、幻影たちの舞いを見ることができるという。大旗戦争以後、メディート祝祭日の前二日間にも件の舞が目撃されるということから、幻影とは戦没者の霊ではないかと思われている。
 戦いで命を落とした縁者と郷里の帰翠会で魂を交感出来なかった者は、翌年の帰翠会に、道に迷えるその霊を迎えるためカザスの輪へ行くことがあるという。

・大旗戦争慰霊廟
 人間族の大都ストラディウムにある、大旗戦争戦没者の慰霊廟である。2116年建立。
 帰翠会の期間、ストラディウムの人々は様々な思いを胸にここを訪れる。



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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>