回帰譚
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◆春婚伝承 ハルヨバヒ デンショウ

(寿琅注:エマットノイルと呼ばれる村で実際に起こったとされる出来事の口伝を集めたもの。後に大旗戦争の時代と呼ばれることになるユルセルームに訪れた新しい時代を語る上での重要な資料の一つである。エマットノイルは【萌え木豊かな丘】の意で、同名の高原地帯がドゥーロンに存在することが知られているが、これはファライゾン北部、クノミスル中流域の村の名を指している。)

「エマットノイルの母なる妖精、エメドウレィ ライの五つの問いかけ」

 季節は永遠に巡ります。春が来て夏、秋、冬、そしてまた春、そう何度も繰り返して。それはまるで思い出を洗い流す呪文のようではないでしょうか。
 全てを凍らせてしまいたいと思いませんか。そうすれば、流されることはありません。
 1年は12の月が経てば死んでしまうこと、春が永遠でないことが悲しくはないですか。
 西方の大乱に前後して、『生き別れる』こと、そして『若くして死別する』ことが多くなったように感じます。古に『別れ』は、年老いた人間だけのものでしたのに。今の世はそれだけ混沌に満ちているということでしょうか。
 私はこの世を去ることも、この地を去ることもできません。去り行く者はいったいどういう思いでいるのでしょう。どんな思いで別れの言葉を告げるのでしょう。

「死別した男の思い出を氷に閉ざした女の短い祈り」

 季節が巡れば、
 春の優しさが、
 夏の激しさが、
 秋の喜びが、
 冬の哀しみが、
 彼を忘れさせるだろう。  
 だから、
 このまま時を止めて。
 思い出は凍てついたまま
 ずっとずっと続くように。

「流れ星の彷徨」

 拾われることのなかった秋の流れ星が、その胸の思い出を型どって方々をさまよい歩くという話を聞いたことがありませんか。

「死別した男を捜してさまよった流れ星の言葉」

 喚ばひ星、遥か昔につけられた名だ。まるで男が愛する女の名を、女が愛する男の名を喚ばうかのように夜空を流れて行く星を、人はそう喚んだのだ。また、求婚を婚 ヨバヒ というように、わたしは、まさに、かの男、かの女の求婚の時に、その頭上に輝いていた!

「喚ばひ星の1つの質問」

 我々は秋の思い出。それを大地に伝えて、春は来る。春から見れば、それは秋の残した別れの言葉。しかし、その思い出は、巡る季節に流されて、忘れられてゆくのではないだろうか。それを思うと虚しくなる。この秋の別れの言葉は、どんな意味を持つだろう。
 
「雪の幽魔に心を凍らされた女の夢」

 『さよなら』は思いを断ちきり、
 一人の永遠を生きるための言葉。
 これが新しい時代の別れの言葉。 

「名も無き旅人による5つの回答」

 別れや終わりがあったとしても、想いは受け継がれてゆく。
 時の流れは真っ直ぐ伸びた道ではなく、巡る季節の円環で繋がり、螺旋で進んでゆく。
 老いた冬の重視されぬこの時代、春夏秋冬の神話的時間の流れもそのまま扱うことは出来ない。われわれは新たに「別れ」の意味を見出さねばならない。
 貴方に一つの祈りを残そう。想いが時に流されないように。忘れてしまわないように。そして、別れてもこの祈りの続くように。
 別れの言葉は、残された者が新たな時を生きるための祝福の言葉。

「新しい時代を唄う春の歌い手」

 たとえば、昔、別れっていうのは、
 おじいさん、おばあさんが、子供へ想いを伝えて、
 その後に「死」によって訪れるものだったわ。
 でも今の時代、人は、旅に出る。そこにもう、別れがある。
 これって、冬の別れの後に春が来るんじゃなくて、
 秋に別れがあって、すぐ春が来てしまうようなもの。
 そう、人の命と季節の巡りとの間に、
 ずれが起こり始めている。
 そんな時代を生きるのがあたし達。

 なんども主題を繰り返して続く、この調べは螺旋。

 さよなら。
 これは「別れ」じゃなくて「婚」ヨバヒ。
 残された想いがまた始まってゆくための、新しい絆ね。


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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>